收藏

プラダ 財布 正規価格編集

 そんな書名が目に飛びこんできた。著者は坂口三千代《さかぐちみちよ》。軽い走り書きのような書体が、グレーの函《はこ》に印刷されている。どういうわけか同じ本が五冊ほど並んでいた。クラクラ日記、クラクラ日記、クラクラ、クラクラ――本心を言い当てられているようで苛々してきた。 「……『クラクラ日記』って、どういう本なんですか?」  と、俺は尋ねる。わずかな沈黙が流れた。 「……坂口安吾《さかぐちあんご》の死後に、奥さんが書いた随筆です」  それで名字が坂口なのか。坂口安吾なら聞いたことがある。かなり昔の作家だったと思う。俺が知っているのだから、有名な作家のはずだ。残念なことに読んでいないが。 「坂口安吾との出会いから死別までの出来事を書いていて……夫婦の生活がしのばれるような、いい随筆だと思います」  声が小さいせいか、あまり抑揚が感じられない。 「クラクラってなんですか?」 「安口の死後、著者が銀座に開いたバーの名前が『クラクラ』です。獅手文六《ししぶんろく》に名前を考えてもらったと、この本のあとがきに書いてありますね。文人の常連が多いお店だったそうです」  打てば響くように蘊蓄《うんちく》が返ってくる。この人は本について膨大な知識を持っているのだ。 「じゃ、酒飲んでクラクラって意味ですか」 「いいえ……これはフランス語で野雀という意味だそうです」 「雀?」  意外な答えだった。 「ええ。どこにでもいるような、ありふれた平凡な女の子につけるあだ名だとか」  雀と聞いて連想したのは、さっき廊下で目にした絵の一部だった。あれは色が白いから、クラクラとは違うかもしれないが。  軽いため息が俺の脳天にかかる。彼女のこういう態度は珍しい。本について語る時は、大抵もっとテンションが高いのだが。
表示ラベル: