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2015-02-19 10:44    シャネルスカーフ値段
 おそらくおやじさんがおまえの後ろ盾になってはくれるだろうが、おやじさんもよくて現役はあと十年ぐらいだろう。後ろ盾をなくし、そんな家族の中でさらにつらい立場に置かれたとしたら、おまえ、どうする?」  少年はしばらく考えた後、答えた。 「その状況になってみないと、分からないよ」 「だろうな」  オリンピックがはじまってあちこちの町の街頭テレビに人だかりがしていた。急いで東京に帰ることにした。三沢から郡山ゆきの夜行にとび乗った。闇のなかで列車がひとつのレールから別のレールにとび移る。そのたびにかれはトオルになったりノボルになったりした。  夜明けに郡山で上野ゆきの準急に乗りつぎ、大宮あたりで暮れかかると、向いの座席でいねむりをしていた中年男がとつぜん顔をあげて、 「火事だ、東京がもえてるぞ」  と叫んで窓の外を指さした。五円玉は窓にとびついた。大きな日が地平のギザギザを赤く煙るように染めて落ちかかろうとしている。振り返ると男はまた目を閉じて首を落としていた。 「三月十日だ、三月十日だ」  とつぶやくのがきこえる。何度も肘掛けにのせた腕を滑らせて、そのたびに通路に体が傾く。いまは十月なのに寝ぼけて三月十日などといっている。家を出てから一カ月以上たち、もうすっかり秋だった。  五円玉はオリンピックをたっぷり見物し、女を知り、出発前よりも四キロもふとって帰ってきた。母親はそのあいだにすっかり白髪が増えてふけこんでしまっていた。翌年、広すぎてさがしきれなかったがトオルはきっと東京にいる、こんどは腰をすえてやってみる、と母親を説きふせてかれはふたたび上京し、頭にマンモスと蔑称つきで呼ばれる私大の商学部に入学した。  旅慣れた人間がすべてをみようとするのをあきらめてかかるように五円玉は弟さがしを端折ることを覚え、それを探索行の洗練化と錯覚した。都心のしゃれた店にゆくこと。食べ、飲み、買い、観る。アイビー・ルックをきめ、パーティと名のつくものにはこまめに顔をだす。シブヤ《ヽ》をシ《ヽ》ブヤ、ハル《ヽ》をハ《ヽ》ルと発音する。山手線のなかでなきゃ東京でないよ、ときくとなるほどと感心し、励行して新大久保の三畳間にわざわざ移りすむ。そこはたしかに山手線の内側すれすれで、電車が通るたびに部屋はまるで鳥籠のように揺れるのだった。すっかり東京人になったつもりだ。すべては弟さがしの口実のもとにやすやすとおこなわれた。なぜならトオルは東京のどこかに隠れているからだ。自分が東京化すればみつけたも同然だ。やがてそんな熱意も失い、自分では万事にすれっからしになったつもりで、あとは指名手配や身元不明死体の掲示、殺人、強盗、詐欺などの記事をまんぜんとみる。それらのいくつかにはトオルの痕跡があった。たとえば江戸川河口の身元不明死体はそっ歯で小柄だった。自動車レーサーを装った詐欺師は吃音でそっ歯だったし、木更津信用金庫を襲った強盗は小柄で足を引きずっていた。四年前、母親の金でチラシを二千枚刷ったがこれはセールス・トークの小道具として大いに役立った。  母親からはふた月に一度弟さがしを訴える手紙が届く。母親は電話をつかわない。息子の仕事は人さがしにうってつけなのにまださがしだせないのはきっとセールスマンとして無能なのだろうと書いて寄こしたりする。さがしだすまでおまえは一人前ではないともいう。  母親は無能ときめつけたがかれは腕のいいセールスマンである。なかなかドアをあけてくれない団地の女たちの攻略に五円玉を使ってそれでしばしば成功した。 「奥さん、五円玉が落ちてますよ」  とドアののぞき窓から叫ぶ。会社名や姓名はひとことも言わず、ただ五円玉が落ちていると繰り返すのだ。うまくドアがあいて売込みに成功したときは、ご縁がおち《ヽヽヽヽヽ》でした、と笑わせる。以来かれは五円玉で通っている。  しかし、ほんとうの武器は弟である。 「行方不明の弟をさがしております。じつはこちらのアパートに伊藤というかたがいらっしゃるときいたんですが。ああ、おたくが伊藤さんでいらっしゃいますね」